茹で蛙の盆踊り

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アラフォーサラリーマンが、まぬけな子育て話などをお届けします

どうでもいい仕事について。効率化という名で達成される非効率

「ブルシットジョブ」の本を読んでいたく感銘を受けて、あたらめて周りをよく見てみるとブルシットジョブの多いこと多いこと。7割くらいはクッソどうでもいい仕事なんじゃないかなって思います。これはあくまで主観的な見方なんですけれども。コンプライアンス関連の仕事なんて、僕にはどうでもいい仕事に見えてしまいますが、確かに大切だという意見もわかります。でも、人出ばっかり使って全く利益を出していないどころか、一般業務を非効率にしてるなぁって思ってしまう。

ここで書くのは僕の妄想の話だと思ってください。フィクションです。

作業がべらぼーに増えてる

とある中堅社員は、どこぞの関連会社に出向して何年かぶりに本社に帰ってきました。その数年間のうちに会社の様子は随分と様変わりしたようです。そもそも、合併によって自分のいた組織が消滅していました。

合併直後は2社のシステムを併走させていたそうなのですが、これを統合させなきゃいけないという話になりました。ここまではわかります。たしかに、同じ会社で使っている基幹システムが違ったら面倒ですからね。数年がかりで新しいシステムを構築した結果… 社員みんなから「クソシステム」と罵られるステキなものができましたとさ。

何が素晴らしいかって、以前よりも入力情報が格段に増えて、操作も複雑になったのに、検索はしにくいし、欲しい情報が全く出てこない… やたらとインプットは求められるのに、情報のアウトプットが脆弱すぎる… こんな状態なので、みんな必要なデータは「自分でエクセル管理する」という結局昔と同じ状態に戻ってます。「効率化」が目的だったはずなのに、作業がべらぼーに複雑化して、そのために膨大な時間を費やすことになるという笑えない状況ですね。みんな冗談で「紙の方が効率いいんじゃねぇの?」なんて言ってますけど、本当にそうかもしれない…

とりあえず人増やすという発想

そんなこんなで「効率化」の名目によって格段と非効率化されたその組織は、その体質として、いつもどこかお役所的なところがあるようです。「効率化しよう」→「システム統合だ!」→「データの入力が増えすぎて人が足りない」→「派遣をいっぱい雇おう!!」という流れになるみたいね。なぜこうなる… そこは効率化しようとしないで、人を増やせばいいという考えになるんですね。不思議なもんです。こうしてさらに非効率化は加速していくのです。

「人を増やす」というのも、実際に効率化につながるかどうかなかなか難しいもんだと思います。それぞれの作業がつながっていて、1人で全てこなした方がいい場合、それを分断して2人でやってしまうと逆にやりにくかったりしますわね。作業の引き継ぎのところでどうしてもロスが出てしまう。単純に人手を増やせばいいというもんではないよなぁ。

この「取り敢えず人増やしちゃう問題」は一体どういう発想からくるのか謎です。ある程度組織に人を置いて、それなりの形に仕上げるのがいいっていう面子からきているんですかねぇ。

明らかに仕事がそんなになくて暇そうにしているのに何故か年中「忙しい忙しい」って言って、人員を拡張しているところもありますわねえ。そして昼寝する派遣社員が増えていく…

pdfで効率化は達成できない

だいぶ前からペーパーレス化の波は来ていますけど、コロナになってからさらに加速したような感じですね。紙の管理は大変だし、保管に場所をとるのでpdfにした方が遥かに効率が良さそうなもんですがー、なぜか現実にはそうはならなかったりする。ブルシットな魔法がかかってしまいやすね。これも架空の会社のはなしなんですけど、こんなことが起きてるそうです。

ペーパーレス化を進めるにあたり、そのpdfをどうすれば適切に管理できるかということが浮上してきます。紙の場合は改竄がしにくいですけど、電子媒体の場合は、改竄してもパッと見分かりにくいですからね。例えば、お客さんからの受注や、こちらからサプライヤーへの発注記録なんかは厳密に管理しなきゃあかんという話になるわけです。いい加減に管理していたら、横領の温床になるかもしれんですからね。ここまでは話はわかります。ではどうやって管理するのかとなった時に、電子媒体で受発注をした場合は、「一件一件稟議(電子)にかけなければならない」という謎ルールがその会社では生まれたそうです。もう、何を言ってんだか全く理解できないです(笑)。これ、冗談ならわかるけど、本気でやっちゃうところがすごいよねぇ。どういう考え方をしたらそうなるのか… 電子化で効率化するはずが、管理のための仕事が増えて、それを承認するために多くの人手が必要となる。あれ?こんなことなら、紙をファイリングしておく方が100倍楽じゃない(笑)!?

技術の進歩は必ずしも人間の社会を豊かにしないということですね。僕たちは科学技術が進歩すればより幸せになれると信じてきたけど、案外そうでもないなあ。人類の歴史を1万年くらい遡ってみても、農耕が始まってから人類は餓死するようになったんだから、昔から人類は何かに呪われとるんじゃないかと思ってしまう。

拘束時間について

どんな部署の人でもそうだと思うけど、365日四六時中忙しいという人はまずいないはず。もしそんなのがいたら、仕事の管理についてもっと考えた方がよいですね。仕事には絶対緩急があって、繁忙期もあれば閑散期もあります。忙しい時もあればちょっと暇な時もあるはずなのに、現在の労働形態ではそんな事情は完全無視で、絶対に9-5時で会社にいなければいかんという。みんなこれが無意味だって思っているのに是正する手段は無さそうですね。

例えば、経理だったら四半期や決算期はめちゃくちゃ忙しいでしょうけど、それ以外の期間もそれと同じくらい忙しいかっていうと、そうではないですよね。暇な時は、それこそ昼の3時くらいに帰っちゃってもいいのになと思うわけです。

でも、できないんですよねぇ。これをやってしまうと管理が劇的に難しくなってしまいますわね。成果主義はいいとして、果たしてそれをどうやって公平公正に評価するのか。Aさんは会社に週40時間いるけど、Bさんは週20時間しかいない。「成果は同じだから給料も同じね!」なんてやったら、絶対に不平不満が爆発しますわなぁ。

ここで発生しそうな問題は、「公平公正に社員の働きを評価するシステムを構築しよう!」って言う人が出てくることかな。こんなことやったら嫌な予感しかしないです(笑)。一体何が起きるかなあ…

・新しい人事評価システムを構築するためのプロジェクトチームが立ち上がる

・効率的な人事システム構築のための超非効率で不毛な会議が何百時間も実施される

・結局誰得なのかわからないシステムができあがる

・システム運用のための部署ができて、人出が増える

・人事評価のために無駄なデータ収集作業が増える

・振り返ってみると前よりも無駄な仕事が増えてる…

冗談で書いてみたけど、こんなバカみたいなことが実際の社会で起きてしまうから不思議ですよねぇ。なんなんでしょうね、この意味のわからんパラドックスは。効率化を進めれば進めるほど非効率になっていく。僕ら人類は踏み込んではならない沼にどっぷり浸かってしまっているのかしら。

一体何が本当に効率的なのか、考えていかんとならんですな。人間がこねくり出す合理性なんて所詮欠陥だらけなんだから、合理性の陥穽にはまらないようにしないとね。

まとめ

合理性なんてクソっくらえだぁ!って叫びたいですね。所詮、人間の合理性なんて限界があるので、合理合理と叫んで、理詰めでいろんなものを構築していっても、不思議なことに不合理のキメラみたいなもんができちゃうんですよね。どうにかならんもんかね。やっぱり、少人数でツーカーで仕事をするのが「無駄な仕事が増えない」という点に於いては一番効率が良いのかも。個人的には、大きくても100-150人くらいの集団がちょうどいいなぁ。