茹で蛙の盆踊り

茹で蛙の盆踊り

アラフォーサラリーマンが、まぬけな子育て話などをお届けします

平日夜中の DIY (ベイビーにやられた棚の作りなおし)

先日、Wifiルーターをベイビーくんから保護するために棚を作ったのですが、作り上げた瞬間に散々に蹂躙されて惨敗に終わったのでした。

↓獲物をみつけてめちゃくちゃにするベイビーくん

全く役立たずな棚になってしまったので、作り直してリベンジしてやらんと気が済みません!前回の敗戦の原因は、棚に隙間があってルーターのランプの点滅がベイビーの気を引いてしまったことだと思います。ルーターは少し熱を持つので、換気をしてやらないとダメかなと思って、棚を格子状にしたんですが、それがかえって裏目に出てしまいました。

↓この隙間がアカンのですな。格子状にするのを止めにして、板で隙間をなくしちゃえば中身が見えなくなるので、ベイビーもこの棚に興味を持つこともなくなるんじゃないかな?

さて、善は急げです。仕事が終わってからホームセンターに向かいました。今日は長男を連れないで、一人で買い物をしたので、ものすごくスムーズにことが済みました(笑)。子供のいない買い物ってこんなに楽なんだ!!

アパートでは電動工具なんて使えませんので、ホームセンターであらかた切ってもらいました。

↓せっかく作った格子ですが、全部取り外してしまいましょう。そして、さっき切ってもらった板をここにピタッとはめ込みましょう。ピタッとね。ピタ… あれ?はまらん??

な、なんてこった!縦横ともに数ミリずつ大きい!!うそでしょ… やっぱりホームセンターだから、多少の誤差は生じるのかなって思い、板を測りなおしたんですが、ちゃんと注文したとおりの寸法です。なんと、自分の測定ミスでした。ああ、自分のバカ…!!

数ミリのミスってのがまたなんとも悔しいです。ホームセンターにいって切りなおしてもらうのも面倒だし、そもそももうホームセンターは閉店しているし…

悔しいけど、ノコギリで切るしかないかぁ。もー、手で数ミリだけ切るのってすごく面倒ですねぇ。工具があればちょちょいとできるのになあ。

↓とりあえず、まずは縦の長さを調整。うん、なんとかハマるようになりました。

横幅も縮めてやって、なんとかすっぽりはまる寸法になりました。ああ、面倒くさかった。ホームセンターで金出してカットしてもらって、家に帰ってさらに手で数ミリだけ切るとは、なんというムダ!

もともとの棚と同じ厚みの板を買ったつもりだったのに、全然厚さが違います。どうやらまた測り間違えていたみたい。どうした、自分。ろくに寸法も測れなくなってしまったのか。なんか今日はポンコツ過ぎです。

さて、次は棚の正面の格子も取り外してしまいましょう。

穴だらけになってしまったなぁ。これは裏側にしようかしら。

こうやって板をはめて蓋をしちゃいましょう!って、あれ?寸法がまた全然違う!なんで?こんなに測り間違えることってあるの??

またノコギリで寸法を合わせるはめになりました。普段ノコギリなんて使わないから腕が痛い(笑)。

蓋に蝶番を取りつけようとしたんですけど、蓋の厚みよりもネジの方が長い(笑)。おいおい、今日は何一つスムーズにことが進まないけど一体どうなっているんですかね?何か呪いでもかけられた??

ネジがはみ出す分だけ後で切り取ってしまいたいところですけど、そんな工具はうちにはないので、う―ん、どうすりゃいいんですかね。さっき取り外した格子用の木材をペタッ貼り付けて無理やり板の厚さを嵩増ししました。DIYの知識がないので、こういうときはどうすれば正解だったのかがわからんですね。まぁ、あんまり頭のよいやりたかではないことだけは確かですね(笑)。

蝶番を付けてやると、さっきまでとはまったく違う感じの棚になりました!

こうやってルーターを中に入れてやって・・・

蓋をすればルーターの姿は隠せますね。これでベイビーもその存在に気付かなくなるでしょう。蓋の鍵はまた今度つけようかな。

これまでの流れをまとめるとこんな感じです↓ 果たして今回の改良は吉と出るか、凶と出るか??

5分でできる超テキトーな棚

材料がちょっとだけあまったので、もう一つDIYみたいなことをしてみましょう。DIYっていうか、ただネジをしめるだけの作業なので、なんていうんだろう?DIYもどき?

今回のターゲットは風呂場の洗面台のものすごく中途半端なこの隙間↓ この反対側にはもっと中途半端な隙間がありますけど、それは今回は無視。このそこそこ広い空間に棚を置いてやりましょう。市販のやつだと、ちょうどぴったりなサイズが見つからないんですよねぇ。ならば自分で作ってしまった方が手っ取り早いですね。

築40年の年季がでまくりな風呂場

今回の棚には重たいものは何も載せないので、強度は度外視で作っちゃいます。薄さ重視でいきましょう。

どうでしょう、この頼りない感じ。かかと落としで簡単に破壊できそうな感じ。でも、いいんです。重たいものは何も載せないので。

水がかかると嫌なので、天板にはビニールのテーブルクロスを貼り付けておきましょう。

おー、ぴったり!やっと寸法通りにいった(笑)!

これで妻が化粧をするときに、ここに化粧道具がおけますな。

今回は強度を度外視して作ったので、うちのボーイズたちがこの棚を引きずり出してぶっ壊さないか、それだけが心配です。

 

ちなみに、前回の失敗談はこちらです↓ 良かったら失敗例として参考にしてください。今回の棚は二の舞にならないといいなぁ。

edo-kashiwa.hatenablog.com

 

映画「さかなのこ」を観ました

昨日の投稿で3連休は息子に付きっ切りだったと書いたんですが、その "付きっ切り" の内訳の一つが今回の映画鑑賞ですね。久しぶりに映画を観に行ってきました。

以前、息子がマックでハッピーミールを注文した際に、そのおまけでさかなクンの絵本がついてきて、更にそのおまけ的な感じで映画の告知もされていました。僕はさかなクンに関しては「変な子」ていどの感想しか持っていなかったですし、魚に対して何か特別な思い入れがあるわけでもないのですが、何故か今回の映画は気になっていたのです。

たぶん、気になったのはキャストのせいだろうなぁ。映画「さかなのこ」の主役は能年玲奈なんですよ。今は「のん」っていう名前に変わったのかな。あの朝ドラの「じぇじぇじぇ」の子ですよね。じぇじぇじぇの方のインパクトが強すぎて朝ドラのタイトルが全く思い出せません(笑)。

さかなクンってね、もちろん男性なんですけど、それを女性である能年玲奈がやるの??!ってところにかなりひっかかっておりました。これはもうね、クソ映画臭しかしないなって思っておったんですけど、いやいや、この映画なかなか面白いじゃないですか。見る前から「クソ」だなんて決めつけてスミマセンでした。

映画の感想を書いていきますが、たぶんネタばらし的なことも含まれると思いますので、映画を鑑賞予定の方は読まれない方がよろしいかと思います。

劇中の「さかなクン (ミー坊)」のことを書きますので、実際のさかなクンとはあまり関係のないことだと思いますよ。

ギョギョギョ

あの「じぇじぇじぇ」で有名な能年玲奈が主役なもんですから、僕は「どうせ "じぇじぇじぇ" の子に "ぎょぎょぎょ" って言わせたいだけの映画でしょ~」って思っていたんですけど、意外や意外、劇中で「ぎょぎょぎょ」がでたのは初盤くらいなもので、あとはミ―防 (劇中でのさかなクンのあだな) がテレビ出演をするまでぎょぎょぎょはほとんどでてこなかったですね。

タコ好きからさかなクン伝説がはじまる

さかなクンのことは「いつもギョギョギョっていってる変な子」くらいのイメージしかなかったので、正直全然詳しくなかったです。超魚好きなさかなクンですが、意外にもそのはじまりは魚ではなくてタコだったそうです。

毎週水族館に通っては、ひたすらタコさんを鑑賞していたそうな。これね、親としては結構キツイ修行でしょうね。子供本人はまったく飽きないからいいでしょうが、たぶんタコに強烈な思い入れのある大人ってそんなにいないですからね。

頭からタコのことが離れないミー坊は、起きてる間はずっとタコのことばかり考えていて、タコの白昼夢の中を生きているような子供です。

タコの絵を描いて、登下校も図鑑のタコをずっと見て、夕飯もずっとタコづくし!タコ三昧な生活にお父さんは「またタコかよぉ…」ってかなりウンザリ気味。

あるとき、ミー坊は家族と海に行きました(なぜか友達も一緒に)。海に来てもミー坊は頭の中からタコのことが離れず、海の中でお兄さんとタコを探しをしていました。

劇中では、ミー坊は、自分と同じくらいの大きさのタコをみつけて大喜び!その巨大なタコを体に貼りつけてみんなに見せにいきます。これはねぇ、僕の中では結構気持ち悪いシーンでした。小学生の体に巨大な吸盤だらけの生き物がくっついているんですからね。それよりびっくりなのが、ミー坊を見たお母さんの第一声が「わー、すごい!」。いやいや、「すごい」じゃないですよ(笑)。しかも割と落ち着いた声色でしたからね。普通、そこは悲鳴を上げてもいいんじゃないかな。まあ、劇の中なので実際よりかなり誇張されているでしょうけど。ミー坊もミー坊なら、このお母さんもお母さんだなぁ。寛容を通り越してちょっと頭がおかしいかもしれん(笑)。

"憧れのタコさん" を捕まえて幸せの絶頂にあったミー坊に悲劇が訪れます。息子が捕まえた巨大なタコを見つけたお父さん、その第一声は「でかしたなぁ、ミー坊!!」。いやいや、「でかした」とかじゃなくて、小学生が体に巨大なタコはりつけてきたら、普通 "ヤバい" って思うでしょ(笑)。

そんなお父さん、ミー坊から素早くタコを取り上げると、慣れた手つきでブチブチブチっとタコをシメて内臓 (?) を取り出して、「こうやらねぇとタコはうまくなんねぇんだよッ!!」って言いながらその巨大なタコをコンクリート(?)に親の仇といわんばかりに思いっきり叩きつけます。「おとっつぁん、そいつはオーバーキルだよ」っていいたいくらいに、何度も何度も「バチーン!バチーン!」ってタコを叩きつけるんですよ。たしかに、タコって硬くなっちゃうから、筋繊維をほぐしてやらないといけないらしいですけど、お父さんの目が殺気立っていて超怖い!息子のタコ好きのせいでタコ料理ばかり食わさせられた恨みを晴らしているようでしたね。

このシーン、僕には結構キツかったですねぇ。それまでほのぼのとした映画だったのに、何故ここで急にグロテスクなシーンを持ってくるよ!!これは子供が見たらトラウマになるんじゃないかな。

タコさんは、そのあとみんなでおいしく食べましたとさ。なんか、色々とトンデモナイ家庭だなぁ。

ギョギョおじさん

この映画には、なんとさかなクン本人も出演します。劇中では「ギョギョおじさん」という不審者 (?) 役なんですけど、挙動は普段のさかなクンそのままですね。さかなクンがいつも通り「ギョギョギョ!!」って叫んでる感じです。

劇中のギョギョおじさんは「没落した元金持ち」っていう設定で、特に定職はない感じです。あきらかに怪しい中年のおじさんです。

ミー坊が「ギョギョおじさんの家に遊びに行きたい」と親に伝えると、お父さんは間髪入れずに「そんなもんダメだ!ダメに決まってる!!」と否定します。うん、たぶんこれは父親として正しい判断です。だって、ハコフグの帽子をかぶって「ギョギョギョ」なんて言ってるおじさんはどっからどうみても怪しいですからね。

ところが、観音様レベルで寛容なお母さんは「いいじゃないのぉ」とギョギョおじさんのところに遊びに行くのを許してしまいます。微塵も人を疑おうとしないお母さんの性善説原理主義者っぷりにちょっと不安を覚えます。ホントにいいのか、お母さん?

結果、ミー坊とギョギョおじさんは "魚好き" ということで意気投合し、時を忘れて魚に夢中になっていたら、夜中の9時過ぎになってしまって警察に通報されてしまいました(笑)。

この時、ギョギョおじさんがミー坊にハコフグの帽子を渡すシーンがありました。これはちょっと驚きましたね。だって、さかなクンが帽子を取った姿ってみたことないですもん。国会に呼ばれたときなんかも頑なに(?)ハコフグの帽子を取らなかったんでしょ?なかには、あのハコフグこそがさかなくんの本体だと思っている人もいるでしょうに、そのハコフグをあっさりと取り外したんですもの。

で、さらに驚きなのが、帽子をとったさかなクンがあまりに普通過ぎてなんの驚きもなかったことです(笑)。まぁ、そりゃそっか、ただ帽子をとっただけだもんね。僕にとっては「帽子なしさかなクン」はなかなかのレアシーンでした。

このギョギョおじさん、魚にめちゃくちゃ詳しいけど、ちょっと変わり者で、社会にでて働いているわけでもない。これは、ひょっとしたらさかなクンのもう一つの可能せいかもしれないですね。現実世界のさかなクンは、魚好きという才能を余すところなく発揮して、「成功者」になったわけですけれども、もしテレビというメディアにでることがなかったら、このギョギョおじさんのように、一般社会に溶け込めないただの変人として終わっていたかもしれないです。

最後の方で、ギョギョおじさんがテレビに出ているミー坊に興奮シーンがあるのですが、これはその成功者と落伍者の対比かなぁと。

小学校でミー坊新聞が先生の間で認められる

学校でも何かにとりつかれたように魚の絵ばかり描いていたミー坊ですが、あるとき先生に職員室に呼び出されます。一体何事かと思いきや、ミー坊が発行していたオリジナルの新聞の出来があまりにも秀逸だったので、釣り好きの先生から大絶賛を受けたのです。これはさかなクンの自己形成に非常に重要な成功体験だったでしょうね。

仏様のようなお母さんから自分の好きなことをしてもいいと認められて、そして先生たちから賞賛されて自分の長所が魚好きでなおかつ絵を描くことであると幼少期に悟ったわけですからね。自分が他人と比べて何が優位であるのか、これが幼少期にはっきりとわかることってなかなかないので、いい経験ですね。これがはっきりとわからない、もしくはないからこそ、大半の人は悶々と過ごすことになりますわね。

周囲の大人たちに恵まれていたからこそ、ミー坊の特殊な才能はぐんぐんと伸びていったんですね。僕たち大人はなんでもかんでもダメだダメだっていって、子供の可能性を摘み取ってしまうので気を付けないといかんですね。子供の才能を伸ばそうとするんじゃなくて、いかに邪魔をしないかってのが大切かな。ミー坊も幼少期に魚好きを全否定されたら、その才能は開花しなかったわけで。そして、ミー坊のおとっつぁんは「あいつキモイ」くらいの勢いでミー坊の魚好きを全否定していました(笑)。理解あるお母さんがいたからミー坊はすくわれましたね。

高校に入ってからも相変わらずの魚好き

高校に入ってからもミー坊の魚好きは止まらず、というかむしろ加速しちゃって結構ヤバい感じになっています。魚の剥製を作って机の中にしまっていますからねぇ、同級生にいたらちょっとお近づきにはなりたくないですね。

不良グループに目を付けられるも、ミー坊の空気の読めなさがズバ抜けていて、不良たちとの会話が全然成立しない(笑)。コミュニケーションがあまりに成立しなくてミー坊に空恐ろしさすら感じてしまいます。不良グループに絡まれても、なぜかみんなさかなクンの独特な雰囲気に飲み込まれて戦意を失い (? )最終的に仲間のような感じになってしまいます。空気の読めなさが訳の分からない特殊能力に昇華していますね。コミュ障も極めれば、それが逆にコミュニケーションツールになるのかしら。

他の学校の不良たちと衝突した際も、「みんなでアオリイカ食って大団円」という謎な展開を迎えます。このとき、アオリイカのおいしさに感動した相手校の不良のトップ(籾山(通称: カミソリモミ)) はその後、すし職人に弟子入りして、自分のお店を持つようになります。

魚以外の科目は全く振るわず…

魚に関しては異様な能力を示すミー坊ですが、その他のお勉強はからっきしです。先生とお母さんとの三者面談では、成績の悪さを指摘されて、もっと勉強を頑張ってくれと言われるのですが、なぜかお母さんは「この子は魚と絵が好きだからそれでいい」の一点張り(笑)。

「みんな違ってみんないい」を極めるとミー坊のお母さんになりますね。みんなお勉強できる子ばかりじゃロボットみたい。この子はこの子の良さがあるから、それでいいの。って、すごい達観してるなぁ!僕は、ミー坊よりもこのお母さんのことがちょっと心配になってしまいました(笑)。

この作品では、お父さんとこの先生が常識や世間代表として描かれていて、お母さんがミー坊派 (子供の個性尊重) として描かれています。父親っていうのは、子供を社会に出す責任があるので、現実的なキビシイとことを言わなきゃいけないのです。しかし、その "子供のため" の言動が子供の想像力や才能を奪ってしまうこともありますわな。これは匙加減が実に難しいですね。

ミー坊は最終的に成功者になったからよかったものの、一歩間違えばギョギョおじさんみたいになったかもしれないっていうか、確率的にはそっちの方が高いですからね。このリスクを考えると、お父さんや先生の取る態度は「正解」であって、お母さんの浮世離れした対応の方が「不正解」かもしれません。

でもまぁ、なんにしろミー坊はちょっとぶっ飛んでるから、普通の生活は送れなかったでしょうねぇ。詳細は描かれていなかったですが、どうやらそんなちょっと問題児であるミー坊に対する教育方針も両親の離婚原因の一つだったっぽいですね。両親の離婚後は、ミー坊はお母さんと二人暮らしをしていたみたいです。

劇中では大学受験をしたのかどうかは不明でしたが、大学には行っていないようですね。お母さんに後押しされて、家を出て東京にいくことになりますが、引っ越し後の部屋のシーンがよかったですねぇ。

ミー坊は魚が好き過ぎて、狭いアパートにもたくさん水槽を置いて魚を飼育していたんですけど、畳の部屋だろうがリビングだろうがお構いなしだったんですね。普通の親だったら、さすがに「畳の部屋に水槽は置かないでくれ」ってなりますけど、ミー坊のお母さんはそれを許しているんですよ。ミー坊の引っ越しと同時に、水槽も搬出されたわけですけど、水槽のあった畳はカビだらけになってるんですよ。僕だったらマジで勘弁してくれって思いますけど、それを受け入れちゃうのがこのお母さんの懐の広さですね。

何をやってもうまくいかない

さて、家を出たミー坊は職を転々とします。劇中では水族館の飼育員やすし屋を経験しますが、全くうまくいきません。やっぱりね、だと思いましたよ(笑)。能力を魚に全振りしているので、通常の人が問題なくできることがミー坊にはできないんです。天才の典型的なパターンですね。行きつけの魚専門のペットショップの店長に拾ってもらってなんとか糊口をしのぐことになります。

これはなかなか勉強になりますね。「好きを仕事」にして失敗するパターンですね。よくあるんじゃないでしょうか。本が好きだから本屋の店員になるとか、音楽が好きだから、エンターテインメント系の会社に入っちゃうとかね。

ミー坊の場合は、魚は好きだけど、単調な作業とかが全くできないので普通の仕事には向いていなかったんですね。個性が強烈過ぎるので、それ自体を売りにするのが一番よかったんだけど、それに気づくのには時間と試行が必要だったんですね。

ちょっとだけ大人になる

実話かどうかは知りませんけど、ミー坊のところに幼馴染が子供をつれて転がり込んできて、しばらくの間奇妙な同棲生活をしていました。疑似家族生活をしていく中で、浮世離れしていたミー坊にもおそらく責任感がわいてきたのでしょう、命よりも大切な魚の水槽をいくつか処分して、さらにペットショップの店長に「金が欲しいからもっと働きたい」と懇願します。

これまでずっと子供じみていたミー坊が初めて大人らしい様子をみせました。家族 (?) を持つことによって成長したんですね。

しかし、そんな疑似家族生活も長続きはしませんでした。たぶん、自分たちがミー坊の負担になっていると感じて、幼馴染は家を出ていく決心をしたんでしょう。

ミー坊は、子供のためにプレゼントを買ってきたのに、部屋の中に入ると子供が描いてくれた絵と家の鍵が机の上にポツンんとおいてあるだけ。いるはずの家族がいない。これには、さすがのミー坊も大ショックで、居酒屋で飲んだくれて「シシャモをだせー!樺太シシャモはシシャモじゃねぇ!モノホンのシシャモをだせー!!」っとちょっと面倒くさい海原雄山みたいな感じになっていました。

お母さんの口から衝撃の事実が明かされる

この後、高校の時の不良友達と再会して、カミソリモミのすし屋の壁に絵を描くように依頼されます。ミー坊は張り切ってお店の壁に絵を描きまくります。まさに水を得た魚のように必死になって絵を描いたのです。

お寿司屋さんのオープンの時に、ミー坊のお母さんもやってきて、一緒にお寿司を食べることになったのですが、ここでお母さんの口から衝撃の事実が明かされます。

お母さん「実は今まで黙っていたけど、お母さんお魚苦手なの

ミー坊「えっ!?」

お母さん「お父さんとスミオ (兄) もよ。だからー、お父さんたちにはちょっと無理させちゃったかもしれないわね」

なんということでしょう。お母さん、今更そんな重要なこと告白しちゃうの(笑)??ミー坊家で魚好きはミー坊ただ一人で、他のみんなは魚嫌いという衝撃の事実です。それなのに、みんな毎日毎日食卓に魚が出るのを我慢していたんですね。親が離婚した主要原因はたぶんミー坊でしょう(笑)。

この後、お店の絵が評判になって他にもオファーをもらったり、同級生からテレビ番組の出演依頼を受けたりして、ミー坊はやっと自分の転職に出会います。「さかなクン」の誕生ですね。

能年玲奈が案外しっくりくる配役だった

作品を見る前は、「なぜにさかなクン役を能年玲奈がやんの??」って疑問視しておったんですけど、これがなかなかはまり役だったと思います。能年玲奈の天然な感じっていうか、ちょっとイッちゃってる感じがさかなクンにぴったりでしたね。

今回の映画は、僕は親目線で観たわけですが、さかなクンはお母さんあってこそ誕生したんだなぁって思いました。現実にはあんなに寛容なお母さんは存在しないですよ。普通なら、さかなクンの才能をペキッと折ってそれで終了です。世の中にはいつの時代も天才が生まれているんでしょうけど、その才能をちゃんと開花できる人は本当に一握りなんでしょうね。僕も子供を育てるときは気を付けないと。いかに変な口出しをしないか、いかに阻害しないかですね。

で、ここまで書いてあれですけど、なんでさかなクンが映画の題材に選ばれたんだろう?なにか受賞したりしたのかな。次は武井壮あたりも作って欲しいな(笑)。

 

 

 

イクメンっていうけど、そもそも子育てしない父親って存在するの?

いやぁ、やっと三連休が終わりました。みなさんどうお過ごしでしたでしょうか?僕はといいますと、3日間息子がぴったり張り付いていたので、もうね、くったくたに疲れました。特に日曜日の夕方過ぎからは、あまりに疲れすぎてもう息子の言葉にもろくに反応できなくなって「ああ」と「うん、そうね」くらいの生半可な返事しか出てきませんでした。

3日間息子が僕に張り付いていたっていうのは、全然誇張表現じゃなくてですね、それこそウンチのときも一緒なんですよ。息子がウンチするときは、息子が「ドア閉めないで!!ちゃんと見てて!!」っていうので、毎回毎回見守らなきゃあかんわけです。さすがにねぇ、もうすぐ6歳なんだから一人でウンチくらいしてほしいんだけどなぁ。

それでもって僕がウンチするときも勝手にドアを開けて確認しようとしてくるんでプライベートも何もあったもんじゃないですよね(笑)。親子とはいえ、他人の排泄行為の確認はせんといてほしいな。

できる限り嫁から長男を離さないといけない

こんな感じでうちの長男くんは大変なんですけど、これに加えて1歳のベイビーくんがいるので、普段の妻の子育て負担は半端じゃないです。子供が2-3人いるご家庭はたくさんいらっしゃるんで、「そんなのあたりまえだ」って思われるかたもいるかと思うんですが、たぶんうちの5歳児は客観的にみてもかなりハードモードな子じゃないかなぁって思います。

うちの姉は子供が3人いるんですが、その姉が「ケンちゃん1人みるよりも、うちの子3人みた方がはるかに楽」っていってました。うちの母親も「この子は大変だわ…」ってちょっと呆れてましたしねぇ。

寝ないし、暴れまくるし、好き嫌いは激しいし、言うことは全くきかないのに、性格がめちゃくちゃ繊細… モールとかでお行儀のよい育ちのいい感じのおぼっちゃんをみると同じ子供なのかと愕然としますね。

子供には親の変な望みを極力押し付けちゃいけないと思い、健康であればいいと思って名前に「健」の字を使ったんですけど、これは予想をはるかに上回って元気過ぎる(笑)。元気なことはいいことなんだけど、ちょっと手に負えないレベル。鎮静剤を打ちたくなっちゃうレベルです。

こんなちょっと "ヤバい" レベルで元気な5歳児と1歳児を、普段の日中は妻が面倒を見ているので、彼女のストレスは計り知れないですわね。長男が次男を結構乱暴に扱って泣かせたりするので、うちの妻はいつも怒髪天を突きまくりなわけです。その内我が家のうちの天井は抜けるんじゃないかっていう感じです。

わかりやすくいうと、うちの妻の長男に対する態度は「うちの可愛いベイビーに触るんじゃないわよ!!」っていう感じ。どっちもうちの子なんですけどね(笑)。

子育てストレスだけでも大変なのに、そこに "長男ブースト" がかかりまくってしまっているので、どえらいことになっているんです。もうね、できるだけ妻から長男を物理的に離さないとそのうち血の雨が降りかねん…

子育てしない父親なんて存在するの??

この3連休は特に長男とずーーーーっと一緒だったような気がします。お出かけも二人きりだったし、お風呂もトイレも二人だしね (トイレはなぁ…)。

寝るときももちろん一緒。普段は、僕は別の部屋で寝ているので、一緒に寝るのは休んの時だけです。一緒に寝るのが嬉しいのか、息子は「パパ、今日は朝までずっと一緒にいてね」って、女の人から言われたらすごく嬉しい感じのセリフを言ってくれます。言ってくれているのが5歳児ってのがちょっと残念(笑)。

で、問題はといいますと、この長男、ぜんぜん寝ないんです。赤ちゃんの時からそうだったんですけど、夜全然寝ないし、昼寝もしない。休日は、狙ってやっているんだかわかならいですけど、普段より早く起きるときたもんです。こりゃたまらんですな。それでもって、ベイビーくんの夜泣きもセットでついてきます。こんな壮絶な感じなので、妻には申し訳ないですが、平日は僕だけ別の部屋で寝ています。

長男一人だけのときは、またよかったです。大人:子供= 2 : 1 なので、まぁ、大変ながらもまだ今よりはマシだったなと思います。振り返ってみるとね。これが大人と子供の数がイーブンになってしまうと、いきなり難易度が爆上がりです。どちらも子供につきっきり状態になっちゃいますからね。

で、ここで僕の疑問なんですけど、果たして世の中に育児をしないお父っつぁんっていうのは存在するんですかね?今時は核家族ばっかりだと思いますけど、この状況で「育児・家事をしない」という選択肢はどっからどうかんがえてもひねり出されないと思うんだけど。

妻が専業主婦の場合でも、育児なんて無理ゲーでしょうよ。まだ実家が近くで親の助けが得られる場合はいいですけど、そうじゃない場合は、絶対にムリムリ。

イクメンっていうけどさ…

イクメンっていう響きがあまり好きじゃなかったんですけど、よく考えてみたら、ちゃんと言葉の定義を調べてことがなかったので調べてみました。すると、こんなことが書かれいますね。

イクメンとは、子育てを楽しみ、自分自身も成長する男性のこと。または、将来そんな人生を送ろうと考えている男性のこと。

あー、なるほど。この定義からすると、ただ子育てをする父親はイクメンカテゴリーには入らないですね。これは結構ハードル高くないかなぁ?

子育てはレジャーじゃないですからね、毎日子供と対峙せんといかんわけですよ。でもそんな子育てを「楽しみ」そしてなおかつ「自分自身も成長する」ですとな。

たぶんね、僕以外の父親、そして、お母さんたちも同じことを思うはずです。

「なに寝ぼけたこといいやがってんだ!」って(笑)。

確かに、子供の成長を見守るのは楽しいですし、もちろん自分自身も成長するので、全く持って間違ったことを言ってないと思いますけど、けどね、こうやってさらっと書かれると「何言ってんだこいつ」って思うのはだぶん僕だけではないハズ。

今回ちゃんとイクメンという言葉を調べてよかったです。この言葉に反感を持つ時点で僕はただの父親であって、イクメンカテゴリーには入らないですね(笑)。本当に世の中にイクメンっていうのがいるんなら誰か連れてきてよ。そんなのツチノコみたいなもんでしょ??え?違うの?いるの…?

専業主婦で一日子供といる人はホント大変だわ

今日は、この前作ったルーターをベイビーから守るための棚を改良しようと、ホームセンターに材料を買いに行こうと思ったんです。寸法も測って、どういうものを作ろうかイメージ図をテキトーに描いて、さて買い物に行こうとしたら、長男くんがすかさず「ケンちゃんも行くー!!公園に虫取り行くー!!」って叫ぶんですよ。え?君の父親はホームセンターに行くって言ったのに、「公園」という単語も「虫」という単語も一言も発していないぞ??なぜホームセンターから虫取りに飛躍するよ??

そんなこんなで、近くの公園にいって虫取りをしました。はい、もちろん僕が虫を取りました。自分で「公園に行きたい」っていったくせに、公園に行ったら行ったで「なんで虫がいないのー?」って言いながら怒り出すんですからねぇ。子供あるあるだと思いますけど。

僕は、まだ平日は仕事にでかけているからいいですけど、これと四六時中一緒にいるとなると、お母さんっていうのは本当に大変ですね。前述とちょっと重複しますけど、そもそも、核家族で子供を育てるってのが無理なんじゃないかなかと。

僕の親世代(今60代くらいの人たち)が子供の頃って、親に育ててもらったことってほとんどないんですよね。兄弟や近所の子供同士で遊んだり、小さい子の面倒みたりしたんですよね。今みたいに、親が付きっ切りで子供の面倒をみるっていう状況は、歴史上ほどんどなかったんじゃないのかなぁ。

最近の研究で、親がどう育てるかはあんまり子供に影響しないとかって言われてますしね。親の影響よりも、同世代の子供たちからの影響が強いって言われますけど、たしかにそうだなと思います。同世代の子のしゃべり方とか態度をすぐに真似しますからね。残念ながら、親の行動よりも、伝播力が強いんだろうなぁ。

うちの子は話し始めるのが結構遅かったんですけど(周りに日本語話す子がいなかったたので)、一時帰国して従妹たちと遊んだら急激に言葉をペラペラ話始めましたねぇ。親の話しかけはあんま意味がなかったかも(笑)。

えーと、まとめると「親は無くとも子は育つ」ってことですかね。真面目過ぎて子育てに悩んだり、それで鬱になってしまう方もいますけど、そんなに肩ひじ張って子育てしなくてもいいんじゃないかな。僕の場合は、自分が優秀な人間じゃないので、子供が思うように育ってくれなくても「てめぇの子供だからしゃーない」(笑)。

四十路を目前にしていまさら自己分析してみたけど、やっぱり自分のことはよくわからんのです

マルチタスクが全くできない人間でして、同時に複数の仕事がこなせる人が信じられないですね。プライベートについてもこれは当てはまっていて、やりたいことを同時にいくつも掛け持つことができないです。

かと言って、一つのことに熱中し続けられるかというと、別段そう言うわけでもなく、何かにハマるとその一時は集中するけど、またすぐに他のことに気が向いてしまいます。みなさんもそんなことないですかね?ただの飽き性なのかもしれんですけど(笑)。

そんな飽き性人間が珍しくこのブログを数ヶ月続けておったんですけど、ちょっと他のことに興味が湧いてきて、さらにハマってしまったがゆえにしばらく書くことをやめていました。

この春から仕事を辞める準備を少しずつやっていて、何かいいアイデアはないものかと家にある本を眺めていたら自己分析の本が目に止まりました。

自己分析って、大学生が就活の時に必死こいてやるやつらしいじゃないですか。みなさんはちゃんとまじめにやりましたか?僕は、大学時代はめちゃくちゃ斜に構える質だったので、自己分析なんて鼻で笑って見向きもしませんでした。はい、こういうのをダメ人間といいますね。昔の自分はダメだったなと言う反省を込めて、だいぶ前に自己分析の本を買ったんですけど、何故だかもう一度ちゃんとやらなきゃいけないような気がしてやってみました。

もう四十路前なのに今更自己分析だなんて、「なにやってんだこいつ」って馬鹿にするでしょ?その通りだと思いますよ。子供もいるのに今になって自分探しかよってね。

 

そもそもね、「自分探し」とか「自己分析」ってのは何か違和感を感じるんですよ。大半の人がこう思うんじゃないかなぁ…「そんなもんわかるわけないだろ、バカ!」って(笑)。

自分自身のことを振り返ってみると、数年前と今では考えていることや思考法自体が全然違うし、もっと遡って、20代のころや10代のころと今を比較すると、全くの別人と言ってもいいと思います。昔の偉い人の考え方を借りると、自分ってのは五蘊の集合体に過ぎないから、僕らが普段あると思い込んでいる自分なんてもんはありゃせんのだと。そうだよなぁ、常一不変の自分っていうのをついつい考えてしまうけど、そんなものは幻想に過ぎないですわね。でも、そんなものがあると思っちゃうんだよねぇ、つい癖で。「自分探し」で自分が見つからない理由はここですね。そもそも、てめぇの探している自分なんてのはありゃしねぇんだと。

自己分析ってのにも同じことが当てはまって、分析したところでその都度結果が変わるからどこまであてにできたもんかなと疑問です。質問のきき方や質問に答えるタイミングによって結構答えが変わりません?自己分析とはちょっと違うかもしれないですけど、自分が昔書いた文章を読むと「こんなこと書いたっけ!?」って驚くことありませんか?身に覚えのない文章が我が家には山積しております(笑)。

 

散々、自分探しや自己分析をディスってしまいましたが、それでも今回はあえて自己分析をやってみようと思いました。アラフォーなのにね(笑)。いや、人生の岐路に立っているアラフォーこそやるべきなのかもしれません!

自分っていうのはありえんほどコロコロコロコロ変わっていってしまうから、全くつかみどころがないわけですけれども、それでもなんとなーくの傾向みたいなもんは掴めるかもしれんなと思ったわけです。例えば、僕の場合だと、めちゃくちゃ気にしちゃう性格ってのは30年以上変わっていないので、今後も変わらない可能性が高いとかね。

自分ってのを川みたいなもんだと考えればわかりやすいですかね。例えば、荒川。荒川っていう確固たるものがあるもんだと思いがちだけど、川は一瞬一瞬変化していくから、荒川なんてものは概念の中にしか存在していない。江戸初期くらいまで遡ると流れている場所も今とは全く違っていて、そいつを今と同じ「荒川」と呼んでいいものか甚だ疑問だけれども、とりあえず便宜上あの水の流れてるやつを僕らは荒川と呼んでいる。常に変わっているやつだけれども、「関東地方にある」とか「太平洋側に面している」とかの大雑把なことろは昔と変わっていないし、やつは信濃川とは違うって感じの差異くらいは変わらずにありますわね。

これって、人間に対しても同じことが当てはまるんじゃないかな。ガチッとした自己なんてものは存在しないけど、一般生活をする上で、私的なもんは確かに存在するっぽい。その私みたいなもののザックリとした傾向はもしかしたら掴めるかもしれんと。グダグダ書きましたけど、こんな感じで自己分析をやってみたわけです。

 

いきなり「よっしゃ!自己分析や!」って思い立ったわけではなくて、本棚を眺めていた時に久しぶりに目に入ってきた「ずっとやりたかったことをやりなさい」を読見返したのがきっかけでした。

この作品で紹介されているモーニングページってのは僕のお気に入りなんですけど、頭の中の毒を中にはとても効果的な方法です。この作者の書いていることは若干スピリチュアルがかっていますけど、このモーニングページってやつは万人におすすめできるもんだと思います。

久しぶりに本気を出して頭の中の妄想を次から次へと書き出していたら、急に「この後どうするかなぁ… 自分が本当にやりたいこと、やるべきことはなんだろうなあ」っていう思春期の学生みたいな考えフツフツとわいてきました。そして、大学生の時にまじめに取り組まなかった自己分析でもやってみようかと思ったわけです。で、そんなときに自己分析の本が目に入ってきたわけです。

 

自己分析とかやりたいことを考えるときの軸は主に3つですかね。自分が大切にしてることとか、価値観。自分の好きなこと。自分の得意なこと。誰も解析していくのは難しいですが、一番難しいのは「価値観」を見出すことかなぁ。これが人生の基準になりますからね。創唱宗教を信じている人は明確な答えがあるので、この辺のことは悩まなくてもいいと思いますけど、明確な信仰を持っていない人間にとっちゃこれが一番厄介な問題です。

最近は意識高い系の人が「私のミッションステートメントは〜」なんて言ってたりしますけど、ああいうのを見ては、気持ち悪いなぁと思う反面、ものすごく羨ましく感じます。我々の多くは信仰のない宗教にどっぷり浸かってますけど、ミッションステートメント云々を堂々と言える人は、宗教なき信仰が持てているわけですからね。ホント羨ましいわ… 

で、僕の価値観ってのは一体なんなのかなぁって書き出していったら、ベースは正義とか道徳といったもので、一番最上位にくるものが「知識」でした。これ、ホントかよ(笑)?本に書いてある通りにやっていったんですけど、なんかいまいち釈然としないなぁ。価値観っていうか、ただのないものねだりなんじゃねぇかなぁ。

まぁ、いいでしょう。とりあえず、僕の1番の価値観は人を助けることでもなければ、世界平和の実現でもなく、自分の知識を高めることね。なんて利己的なやつだ(笑)!暫定価値観ということにしておきましょう。知識のない自分が知識に価値観を置いているとは皮肉なもんです。いや、知識がないからこそなのかな。

 

お次は自分の好きなこと、興味のあること。これは書き挙げてみると、まぁまぁそこそこ出てきちゃうんで、結構カオスです。自分の方向性がよくわからなくなってしまいますね。

学問系で好きなことは、歴史、仏教、哲学、心理、発音(発声?)です。これらに共通することは、新しく知るとこが楽しいってことかなぁ。ってなると、さっきの価値観もまんざらハズレではないのかな。

あとは、モノをつくること、細かい作業をすること、何かをキレイにすること、などなど。つまり、地味なやつが好きですな(笑)。

子供の頃を振り返ってみると、とにかく人を笑わせるのが好きでした。っていうと、天真爛漫な素直な子をイメージするかもしれませんが、全くそれとは逆の感じです。天邪鬼なので、ひねくれた笑い専門です。

うーん、こうして好きなことを挙げると一貫性がないなぁ。

 

では得意なことはなんでしょうかね。これは自分で書くの恥ずかしいので詳しく書くのはやめておきましょう(笑)。自分では自分の良さってのがわからんので他の人にきいてみたら、忍耐強いとか、興味を持ったら一つのことに没頭するとか言われました。あと、長所ではないのですが、頑固すぎるみたいです。そんなバカな!こんなに柔軟な人間他にいないぞ!って思ってるのは自分だけみたい。

 

さてさて、ここから組み合わせてみしょうかね。好きと得意をかけ合わせるんですよね。定番ですな。簡単簡単って思いきや、めちゃくちゃ難しい!「好き」の方はまぁ、いいとして、「得意」の方の係数が軒並みゼロじゃね?って感じなのです(笑)。ゼロに何をかけてもゼロにしかならんよぉ。例えば、歴史好きと忍耐強さをかけても何も解が出てこない!

で、なんとかひねり出したものが「歴史を面白く伝える」… うーん… なんか微妙過ぎるなぁ… 思いつくものが歴史系のYouTuberになることくらいしかない… 「歴史」のところは他のものに代替しても問題ないんだけど、やっぱり後半のほうが問題よねぇ。いや、だって、係数がゼロにならない「得意」っていうやつを探してみたらかろうじてひっかかったのが「面白く伝える」だったんですよ。そしてこれが自分の得意なことかどうかは全くの疑問ですが。

まぁ、とりあえず今のところはこれでいいかな。まずは「暫定版」っていうことで。一応、この「歴史を面白く伝える」っていうのは、自分の価値観である知識のところにも共通するしね。たぶん。

 

ここまで書いてきてあれなんですけど、結論を言うと、やっぱり自己分析ってなんかしっくりこないな(笑)!インストラクション通りに進めていっても、途中から「あれ?なんか違わないか??」っていう疑念ばかりがでてくるんですよねぇ。まぁ、無駄だとはいわないですけど、完全に信用しちゃうのは危険ですね。たぶん1か月後に同じことやったらまた違う結果がでるでしょうし。あくまで「傾向」をつかむ程度かな。

 

今回、自己分析だなんだかんだやって、その間はブログを更新していませんでした。自己分析ばかりやっていたわけではなくて、ずーっとひたすら本を読みまくっていたんですけど、なにかをする時も「あ、このネタ書きたいな」とか、頭の中でブログを書く時みたいな調子で文章が流れてきたりしました。

更新を止めてみてわかったのですが、なるほど自分は文章を書きたいんだなと。自己分析だなんだかんだしてみましたけど、その分析の中には「文章を書く」という選択は一切挙がってこなかったのに!これは思いもしない効用でしたね。

文章を書くのは「苦手だけど、好き」ってやつですね。しかも、意味のある文章ではなくて、駄文を書くのが好きときたもんです。

 

問題なのは、インプットとアウトプットのバランスですよねぇ。やっぱり本とか読んで新しい知識を入れていかないと、自分がアップデートされていかないです。何もしないで現状維持ができるならまだいいですけど、そうはならずに退化していきますからね。本を読みたいけど、駄文も書きたい。他の方は一体どうしているんだろうねぇ。

優秀な人はアウトプットのためのインプットがちゃんとできているからそもそもこんなところでは悩まないのかな。僕の場合は、ダメね。スイッチがぶっ壊れているから、書く時は書くだけ。読む時は読むだけ。

 

「駄文書きたい欲」が止まらず、ここまで支離滅裂に書いてしまいました。じつは自己分析とか別にどうでもよかったりして(笑)。冗談はさておき、しばらくはインプットとモーニングページに時間を割きたいからブログに駄文を書き散らす頻度を下げていこうかしらんと思ったしだいです。

Wifi ルーターの赤ちゃん対策をしたけど、完敗に終わりました

赤ちゃんのいるご家庭はどこもそうだと思うんですけど、部屋中のものを手当たり次第に漁られてしまいます。しかも、絶対に触ってほしくないものから順に触っていくんですよね。一体どんなセンサーが装備されているのか不明ですけど、本能的に親が触って欲しくないものが分かるんでしょうね。もし目の前に、赤ちゃん用のおもちゃと親のスマホがあったとしたら、100%、間違いなく、そして躊躇なく親のスマホに手を伸ばしますね。

こんな感じなので、長男のときもありとあらゆるものを手の届かないところに置いたり、ゲートを設置しまくったりしました。あれは大変だったなぁなんて感慨深く思っていたら、今度は1歳になる次男の番です。このベイビーもなかなかにアグレッシブに攻めてくるので一筋縄ではいきません。最近の問題は「Wifiルーター」です。

ルーターなんて、現代生活にはなくてはならないものですから、もしかしたらスマホよりも重要なものかもしれませんね。スマホがなくてもルーターが生きていたらパソコンは使えますので。そんな超重要なルーターがベイビーのターゲットになっておるわけです。これは死活問題ですよ。

モジュラージャックがリビングに設置されているので、必然的にルーターもリビングに置いているんですけど、ピカピカ光るのが気になってしょうがないのでしょうか、ベイビーくんは暇さえあれば即ルーター襲撃でございます。ベイビーによる攻撃のせいか、最近ネットの接続が結構切れるようになってしまいました(因果関係は不明です)。

このままではいけないと、うちの妻が「赤ちゃん ルーター 対策」みたいな感じで検索してみたんですけど、まぁ、うちみたいにお困りのご家庭の多いこと。やっぱりみなさんベイビーにやられちゃうんですよねぇ。

赤ちゃん対策はいろいろあるみたいですけど、一番手ごろにできるのが、百均で売っているファイルケースの中にルーターをすっぽり入れてしまう方法です。(↓こんな感じ)

これだと、ルーターがカバーされるので、ある程度は守られるのですが、今度は「カバーごともっていかれる」という新たな問題が発生してしまい、結局解決策にはなりませんでした。まぁ、ほんと怪獣みたいな存在なのでちょっとやそっとじゃぁ解決させてくれないわけです。

さあ、どうしましょうかねと色々考えてみて、とりあえずルーターを全部カバーしてベイビーの手が届かないようにしてしまえばよいという結論に至りました。ただのカバーだけだともったいないので、ついでに長男の図鑑のおけるようにしようかなと欲張ってみました。今回のお題は「本棚兼ルーター防護柵」です。

では、さっそく作っていきましょうか。作るといっても、僕はDIYが得意なわけでもないですし、このアパートでは工作機械は揃えられないので、「なんちゃってDIYです。既製品があればそれを使うにこしたことはないので、とりあえずニトリの棚を買ってきました。(こちらの写真↓)

この棚は、安いし色々と調整ができるし昔っから重宝しています。今回は「こいつに板でも打ち付けて格子状にしてやればルーターの保護ができるんじゃないか」っていう安直な策です。いいかげんな性格なので、寸法も図りもせずにとりあえずホームセンターにいって、「なんか使えそうな気がする」木材を何本か買って、棚に貼り付けていきました。こんな感じです↓

ここで失敗が2つ。まず、何も考えずにネジ止めしていったので、途中でネジがなくなるというトラブルに遭遇。ちゃんと店に行って、同じサイズのネジを買えばいいのですが、ズボラな性格なのでなんとかして楽をしたい!家の中を探したら少し径が大きいけど、なんとなく使えそうな感じのネジが見つかったので安直に「おー、これでええやん」っと板にねじ込みました。すると、やっぱりちょっと太すぎたんですね。締め終わる直前で板が「ミシミシミシ」って音を出しながら割れました(笑)。

まぁ、これくらいはご愛敬というところでしょうか。他の箇所はドリルで大きめの穴をあけて木材が割れないようにしました。ちゃんと後先を考えることが重要ですね。

失敗2つ目は、木材が足りないことです。「まぁ、こんなもんだろう」という目測だけで木材を買ったので、微妙に足りませんでした。写真の上のあたりをみると、なんとも中途半端な空間が開いています。これを見た妻が「この隙間からゴミとかいれられるかもね~」なんて不吉なことを予言しました。

ルーターの上部には、重たい本を置くようにすればいいかなと考えました。軽い本だとすぐに取り出されてしまうんですが、図鑑くらい重たい本なら簡単には取り出せまい!棚の手前側にガードを付けておけばそれが引っかかりとなってベイビーには取り出しが不可能なんじゃないかっていう算段です。

「大人は取り出すことができるけど、赤ちゃんはできない」という絶妙なラインを狙ったはずです。これは完璧だと自画自賛して自惚れておりました。

こんな工作を休みの日の夜中にしこしこやっておったわけです。音が響いていたら近所の皆さんごめんなさい。

早速出来上がったなんちゃってDIY作品を妻にみせつけたんですけど、妻は「わー、すごーい。でも、ベイビーがどうするかねぇ…」と意味深なことを言うじゃないですか。確かに、きゃつは親の常に裏をかくことが得意な生き物なので、僕の想定通りにはならんでしょう。でも、まずはなんでも試してみないとわかりません。

次の日、僕が仕事にいってしばらくしてから妻から LINE が入りました。なんと、ほんのちょっとの間にベイビーはやりたい放題に棚を蹂躙し尽くしたのでした… なんてこった。せめてね、今日一日くらいはもってくれるかと思ったんですけど、秒殺だったそうです。ベイビーの悪行を見ていきましょうか。

お?!なんか見られんもんがあるやんか。ちょうどいい具合に隙間あいとるし!

こちらの懸念通り、おもちゃを突っ込んでくれてますね…

この隙間にこうやっておもちゃ入れればええんやろ!

本は流石に取り出せまいて!…と思いきや

あーらよっと

あー、これも全然ダメだ。容易く本を取り出してしまった。結構重たい図鑑なのに、そんなのお構いなしなのね。

そして、本を踏み台にして棚によじ登ろうとするベイビー… やり放題です。

壁に棚を固定するのは結構面倒だから、あえて固定してなかったけど、やっぱり気付いてしまった…

裏側に行けるやん(ニヤリ)

こうなるともう棚の意味がないですな… 完敗… 完敗ですよ。ぐうの音も出ないほどにベイビーにやられました。僕の試みはいたずらボーイの前に脆くも崩れ去りました。まさかこんなにも役に立たないとは思いませんでしたねぇ。これはもう少しどころか、抜本的に改善しないといかんですね。「ダメなDIYの一例」としてどなたか参考にしてください(笑)。

今回の敗因は、欲張ってルーターを隠す機能と本棚をくっつけててしまったことですかねぇ。いっそ普通の棚を作ってルーターだけ上の方に設置すればよかったかなぁ。ベイビープルーフな部屋作りはまだまだ終わりませんね。子供が成長するまでイタチごっこです。

動画埋め込みのテスト

自己流認知行動療法的なやつの一環として、今年は興味を持って新しいことに挑戦していこうとしておるところです。このブログもその一つですね。何か新しいことに興味を持って歪みまくった認知を治していかないといかんわけですけど、日常を問題なく過ごしている方にはちょっとわかりづらいかもしれませんね。何かに興味が持てなくなるっていうのは本当に怖いことでございますよ。一番怖いのは、自分の人生に興味が持てなくなることです。これはマジで地獄です。なので、小さなことにも興味を持ち続けることは非常に大切なことですね。興味がなくなると記憶力が一気に落ちるので、自分というものがなくなっていくような、存在がよくわからなくなるような感じに襲われて、それはそれは恐ろしいのです。今日の出来事か、昨日の出来事か、去年なのか、3年前なのか、時間軸がぐにゃぐにゃになってしまいます。僕はそれがあまりにも恐ろしくてメモ魔になりました。記憶が消えてしまうのが怖すぎて、自分の身の回りで起きたことをリアルタイムでメモっていくようになりました。何時何分にどこで何をしたかっていうことを事細かに書かないと、記憶からすり抜けちゃうから怖いんですよねぇ。興味がなくなるから鬱になるのか、鬱になるから興味がなくなるのか、因果はわらかないですけど、まぁ、とにかく生きていくうえで何かに興味を持つことは非常に大切ですね。

こまけぇことはいいからとりあえず動画をアップしてみよう

本題の何か「新しいこと」なんですけど、今のところの1番の目標は「WordPressでブログを作ってみること」です。これは過去の投稿でも書いていて、当時は「100記事書いたらやる!」って書いていたのに、いまだに全く何の準備もできていない(笑)。やる気はあるんですけど、やりたいことが他にもあって、なかなか優先順位を上げることができないでいます。WordPressよりももう少し難易度が低い目標として、「なんでもいいからYouTubeに動画をあげてみる」っていうのもありまして、これはさっそくやってみました。普段は「見る側」でしかないので、普段見ている動画がどうやって公開されているのか知るいい勉強になりますね。アカウント自体はすぐに作成できて、動画のアップも簡単にできましたが、細かい設定はちょっとよくわからないですね。とりあえず無害な動画をあげてみました。よくわからなかったから、一般公開の状態で動画をあげてみたけど、プライベートでもリンクを貼ることはできたのかな。細かいところは今度挑戦してみましょう。

これは、バナナを食べているところの動画。モグモグしながら今にも寝そうなベイビーくん。このあとすぐにスヤスヤ寝ました。

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こちらはご飯を食べた後に寝ちゃったところですね。

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どうでしょう?この人畜無害な動画は(笑)?主義も主張もないので誰も傷つけないはずです。

今回のは前に撮った動画をなんの加工もしないでアップロードしただけですけど、これにストーリー性を持たせたり、編集をしたりするとなったら大変ですね。一体何時間作業すればいいんだろう。YouTuberが世の中に何百万人存在するかわかりませんが、みんなすごいよねぇ。僕には絶対無理だわ。しかも、みなさんYouTubeだけではなくて、TwitterもインスタもFacebookもやって、更にはブログをやってるときたもんだ。どうやってこなしているんだかね。僕には想像できない世界ですよ(笑)。このブログに駄文を書くのだけで手一杯なのにね。このブログに一日2000字くらい打ち込んでおりますけど、大体1時間くらいかかります。他にもやりたいことがあるから、これ以上は時間が取れないかなぁ。文字を打ち込むだけ打ち込んで、校正しないので誤字脱字だらけです。そして、脈絡もないですね。ちゃんとした文章を書こうとしたら、たぶん2-3時間はかかってしまうでしょうけど、そこまで時間は割けないし、そもそもちゃんとした文章を書く能力がない(笑)。ということで、書きたいことを書きまくったらそのまま投稿してしまいます。こんなダメダメな手抜きでも、ブログ一つで手一杯なので、他のメディアには手が出せないですね。

悩ましいですね。やりたいことややるべきことがあるけど、時間が足りない。一番何が時間を圧迫しているかというと、やっぱり仕事ですね。こいつのせいで、通勤時間含めたら一日の半分はもっていかれますからね。さっさと会社を辞めてしまいたいけど、お金がないと生きていけない。でも、果たして本当に今の組織にしがみつかなきゃいけないかどうかは検討の余地がありまくりです。

「大学を卒業したら、会社に入って働かなきゃいけない」という先入観に汚染されてしまっているけど、本当にそうなのか?それ以外の景色を見てはいかんのか?10代のときは死ぬことばっか考えていたから、今の安定な生活をすてて新しいことを始めて、たとえうまくいかなくなっても、十分生きてるからいいんじゃないか… いかんいかん、ネガティブな方にそれてかしまった。まだ死ぬ気はないです(笑)。

資本主義の世の中で生きている以上は常に何かを搾取されてしまうわけですけど、現代の我々にとって、最も搾取されなくないのは時間ですね。命といってもいいかも。さぁ、どうすれば自分を搾取から守ることができるか?これは僕個人の課題というよりは、悶々と過ごしている30代、40代みんなに共通するものだと思います。

 

 

カニ少女

小ネタです。昨日目撃した光景をどうしても書きたくて、この衝動を抑えることができませんでした。結論から申し上げますと、猛烈にどうでもいいことです(笑)。このブログを目にしなくとも人生で困ることは一切ないことは確実です。では、そんなしょうもないお話をして参りましょう。

仕事を終えて、いつも通り電車に乗って帰っておりました。いつも通り端っこの車両に乗って、いつも通り車両の端っこの方で本を読んで、いつもと同じ駅で電車を降りました。僕と同じタイミングでとある女子高生も電車を降りました。どうやら彼女の友達はまだ車両に乗っていたようで、この駅で二人はお別れという感じです。ここまでは、普段通りの何の変哲もない光景でした。が、その少女、電車を降りてから車両にまだいる友達の前あたりに来るや否や、両手をチョキにして高く上げ、そして中腰になって両脚をガバッと蟹股に開いて、そしていきなりカサカサと左右に動くではないですか!な、なんなんだこいつは!?カニのポーズでめっちゃ早くて小刻みな反復横跳びをする女子高生」を想像してください。え?そんなやついねえよって?いやいや、僕の目の前にいたんですよ、そのカニが!いや、違う、蟹校生が!ああ、違う女子高生ね。実に活きのいいカニでございました。私もカニにはうるさい方ですが、昨今の市場であんなにでかくて活きのいいカニはなかなかお目にかかれるものではありません。いやー、それにしても少女は何故にあの場でカニになったのか。実に不思議です。蓮舫がいたら「エビじゃだめなんですか?」ってきかれるかもしれんですね。いや、問題はカニとかエビじゃないか。思春期の多感な女の子がそんなことしていていいの?ってちょっと心配になっちゃうね。箸が転がっただけでも笑える年頃ですのに、カニなんてやられた日にゃ腹が捻じれてしまいますよ。少なくともその隣にいたおじさんは笑いをこらえるのに必死でした。

そのカニさん、機敏にそして必死に左右にカサカサ動いていたんですが、そのうち電車が発車したら、なんと今度は電車と並走してそのまま素早いカニ歩きをし始めました。すさまじい勢いでカニ歩きをしながら電車と並走する女子高生。令和の世でいったい何が起きているっていうんだ、千葉県!もう、さっきのカニの真似だけでも意味がわからないのに、突如として駅のホームに現れたこの謎の新生生物に笑いをこらえるのがやっとでした。しかし、そんなカニ女子高生の大躍進も長くは続きませんでした。

友達を笑わせようと必死にカニ歩き(走り?)をしていた彼女、カニの真似しても人間だから左右はどうしても死角になっちゃうんだよねぇ… ホームの鉄の柱に激突してゴーンっていうデカイ音とともによろめきました。これが本当にすばらしい音でした。ホームの柱って、あんなにきれいに響くもんなんですね。知りませんでした。寺の梵鐘かしらって一瞬思ったくらいです(笑)。まぁ、ものすごく痛そうな感じだったのですが、よろめいただけでそのカニさんは崩れ落ちることなくなんとか体勢をもちなおしました。たぶん、この衝撃でこのカニも我に返って人間に戻ったんだと思います。ここで膝をついて「てへへ、いったーい!」って言ったところで友達はすでに遥先に行ってしまっているわけですし、近くには笑いを必死でこらえているアラフォーのおじさんしかいませんカニから人間に戻った女子高生は、何事もなかったかのように直立二足歩行を再開し、そのまま駅の階段を登っていきました。あれはたぶんそうとう我慢していただろうなぁ。

僕はマスクなんて大嫌いで、こんな暑い季節でもマスクをしなくちゃいけないなんて正気じゃないっていつもブー垂れているんですけど、この時初めて、人生で初めてマスクのありがたみを感じました。マスクがなかったら、ものすごく邪悪な顔で笑いを我慢しているのがバレバレでしたね。いやー、あってよかったコロナマスク。

今回は何事もなかったようで(たぶんね)よかったですけど、これが事故になっていたら大変ですよ。今時はSNSなんかですぐに情報が拡散しちゃいますから、「カニ少女のせいで電車が30分遅延」なんてことになりかねませんね。こうなると本人もなんて言い訳をしたらよいのか。「いや、あれはタラバガニの真似をしていたので正確にはカニではないのです。ヤドカリなのです…」みたいな苦しい言い訳くらいしかできない。いやいや、これでは言い訳にならないか。

あの場でもし彼女が脳震盪を起こしていたら、必然的に近くにいたこのおじさんが面倒を見なきゃいけないわけですから、救助せんといかんわけですよね。そうなったらどうなりますかね?きっと深夜にピンポーンってインターホンが鳴って、「助けられたカニです」みたいな感じで恩返しに来てしまうかもしれん。それはちょっとホラーだな。

と言う感じで、いろいろ考えると、ただの笑い話になってよかったね、カニ少女。きっとデカイたんこぶはできたかもしれないけど、それはすぐに治るよ。それよりもおじさんが気にしているのは、たんこぶよりも大きな心の傷ができていないかどうかということです。あんなに素晴らしいカニの素養をもった君のことだからだぶん大丈夫だとは思うけど。いつか立派なカニになって、またどこかで会えることを楽しみにしています。